Program Note for the concert “CHOTTO” (in Japanese)
【CHOTTO’S DEJA-VU IN EUROPE】
・J.S Bach: PRELUDE UND FUGUE in c minor 3′
CHOTTOは身動きも出来ない。ここはドイツの古城の一室か。双子か姉妹か見分けがつかないが、十歳ほどの少女が二人、CHOTTOに座って遊んでいる。彼女たちの重さが全く感じられないのは何故だろう。CHOTTOは瞬きすら出来ない。
・Franz Liszt: NUAGES GRIS 3′
Nuages Gris-灰色の雲。あの曇天の陰鬱な日、CHOTTOは慌しく馬車の荷台に積み込まれた。リストとマリー・ダグー伯爵夫人のスイスへの逃避行の旅は終始喧嘩が絶えず、CHOTTOは身をすくませる。そしてその後、声を押し殺して交わされる、やるせない愛。
・Claude Debussy: LA FILLE AUX CHEVEUX DE LIN 2′
一転して、CHOTTOはノルマンディーの、とある小さな村に流れる小川の畔で、初春の陽光が水に反射するのを目を細めて眺めている。印象派の絵画から抜け出してきたような亜麻色の髪の乙女たちが、オフェリアごっこをして遊んでいる。
・Frederic Chopin: NOCTURNE in D flat Major 6′
CHOTTOは強い既視感に襲われる。1830年代のパリ。白皙(はくせき)のピアニスト、ショパンがそのあまりに繊細な、この世に生を受けたのが何かの間違いであるかのような苦渋の相を浮かべて、サロンでピアノを弾いているのが視える。恋人ジョルジュ・サンドと共に描かれたドラクロワによる肖像画は、彼の死後二つに裂かれ、ショパンの方は現在ルーブルへ、そしてサンドの方は北コペンハーゲンに位置するOrdrupsgaardに所蔵されているという。
・Jan Johansson: VISA FRÅN UTANMYA 3′
なつかしい。回帰したい。ただただ回帰したい。
・Rodion Schcedrin: NOT LOVE ALONE 4′
改めて自分の容姿というのものをまじまじと見る。どうやらCHOTTOは向かって左側が『通常』よりCHOTTOはみ出ているらしい。一人で座るにはCHOTTO大きく、二人で座るにはCHOTTO小さい。まるで人生の縮図の如く。
・Maurice Ravel: HABANERA 3′
CHOTTOはスペインの海岸線を進む船の中にいるようだ。船乗りの一人がCHOTTOに座ってギターを爪弾き始めた。船の揺れとハバネラのリズムが心地よくて、今夜はどこにも停泊して欲しくない、このまま月の光を頼りにどこまでも漕ぎ出して欲しいと強く願う。
・Manuel de Falla: FANTASIA BAETICA 10′
アルハンブラ宮殿近くに住まうファリャが、震える手で最後の音符を五線紙に書き入れた。ペンが床に落ち、インク壺のふたが乱暴に閉じられる。今夜は浴びるように酒を飲まずにはおられない。女も必要かもしれぬ。CHOTTOには聞こえる。カンテの切ないメロディーが、宮殿の方向から。
【CHOTTO’S EXCURSION IN ASIA】
・Toru Takemitsu: ORION 8′
七月七日、織姫という名の美しい女性がCHOTTOにそっと腰掛けた。天帝に許された、一年に一度の逢瀬のこの日。夫の夏彦に一刻も早く逢いたい。天の川を手繰る。星を摘む。冬の星座といわれるオリオンだが、夏の夜明けに瞬いている。雨よ、どうか降りませんよう・・・。
・Toshiro Mayuzumi: BUNRAKU 8′
・・・雨は降った。女は哀しみにくれ催涙雨を流し、泣き濡れて泣き濡れて終いには感情を失った。感情を失った女はやがて霊界と現世を行き来するようになる。CHOTTOにはなす術がない。
・Ryuichi Sakamoto: LAST EMPEROR 6′
睡蓮の如くまどろんでいるうち、気づけばCHOTTOは清朝末期の紫禁城に居り、さらに天津の日本租界に移されたようだ。ある月夜、ふと見上げるとそこに西洋とも中国とも取れぬ装いの女がCHOTTOの横に立っていた。どうやら高貴の人らしい。アジアの女は一様に、どこか濡れたような目をしていると思った。
・Frederic Chopin: WALTZ 4′
高貴の人は、かつてCHOTTOに鎮座ましました彼女より更に高貴の人を偲ぶような感情の咽(むせ)びを見せたあと、再び刹那的な享楽の世界へ舞い戻っていった。蓄音機からワルツが聞こえる。アヘンの煙が辺りにたゆたう。CHOTTOは気が遠くなる。
・Sanshin Medleys: SHIMAUTA AND MORE 8′
CHOTTOが昏睡している間に、世界では何か取り返しのつかぬことが起こったらしい。灼熱の太陽に照らされ、軽いめまいと激しい喉の渇きを覚える。聞いたことのない方言。コバルトブルーの空に映えるあの真っ赤な花はデイゴというのだと通りかかった翁が教えてくれた。喉がひどく渇くと訴えると、泡盛という酒を持ってきてくれた。