Concert Review Vol.2 “an Evening of Ballet” at Det Kongelige Teater
第2 回目は、Det Kongelige Tetaer ( Gamle Scene ) での『an Evening of Ballet』 (Balletaften) をレポート。
(photo: via http://bycollectiveminds.blogspot.com/2011/05/balletaften.html)
今秋公開予定のプロジェクトを一緒に進めているDet Kongelige Teater のダンサーが、「今やっているバレエ、面白い演出シーンがいっぱいあるよ」 と話していたのを仕事帰りのメトロの中でハタと思い出した。
ちょうどタイミングよく次の駅は Kongens Nytorv だ。扉の開くのを待つのももどかしく、王立劇場へ足を急がせる。急なことでドレスアップもしていないが、辛うじてメトロの中で、ピクシーグラスの大ぶりな ピアスに付け替えてきた。突然のパーティーやコンサートに備えて、いつも小さなジュエリーケースに入れて持ち歩くようにしているのが役に立った。
王立劇場の扉をくぐると、ムンとした人いきれ。かなり蒸し暑かったのでバーで冷たいドリンクをもらい、バルコニーに出てようやく人心地がついた。そ して、そっとまわりを見回す。音楽家の常として、客層が気になるのだ。通常のクラシックコンサートでは、若い世代をなかなか動員できないことが悩みの種の 1つ。しかし、ことバレエに関してはそうでもないようだ。絵に描いたかのような若い美男美女カップルたちが、重厚な劇場内部のあちこちで談笑している。明 らかにバレエを習っていると分かるティーンエイジャーたちも、両親に連れられて神妙にしている。
何も予習してこなかったので、プログラムを買い、開演までの間に目を通す。 “an Evening of Ballet (Balletaften)” では、3つの異なった時代からの3つのバレエが演じられる。以下、演目とコレオグラファーの名前を挙げておく。
”Le Conservatoire” by August Bournonville (1805-1879)
”Alumnus” (前半 Les Lutins, 後半 Salute) by Johan Kobborg (1972-)
”Etudes” by Harald Lander (1905-1971)
上演時間は、2回休憩を含む2時間20分。
主なキャストを挙げてみると、 Jaime Crandall がアメリカ人、Alexandra Lo Sardo がフランス人、Tim Matiakis がギリシャの血を引くスウェーデン人, Ulrik Birkkjær がデンマーク人、 Marcin Kupinski がポーランド人、そしてAndrew Bowman がニュージーランド人と、かなりインターナショナル。しかし、民族・国籍は違えど、バレエダンサーに共通する点は1つ、すなわちその圧倒的な肉体美だ。
ベルリン時代、国立オペラ劇場に仕事の関係でよく出入りしていたのだが、カンティーンで休憩を取る世界トップクラスのダンサーたちの横でコーヒーを 飲むのは、面映いような、居心地の悪いような、妙な気分がしたものだ。心臓が鼓動するのが透いて見えるほど、無駄なものが削ぎ落とされつくした肉体。骨の 1本1本や腱や筋肉といった、今まで意識に留まらなかった個々のパーツがこんなに美しいとは、と開眼した瞬間だった。
プログラムを見ながらつらつら考え事をしているうち、幕は上がった。ここからは、ビジュアルから得られる快感に、思いきり身を任せることにする。
チェロの独奏で、”Le Conservatoire” が始まる。舞台設定は1800年代のバレエ学校。ソロ・Corps de Ballet あわせて20人、それに子供たち8人が加わり、時にソロ、時に一緒になって、ダンス教師に次々と披露してゆくという演出。女性の衣装はクラシックな白の チュールドレス。男性は袖の膨らんだシャツにぴったりしたヴェスト。
すまして立っている教師役をよく見れば、1ヶ月ほど前にコンサートで話した Jean-Lucien ではないか。あの時はニットキャップを被っていたのだが、今夜はエレガントな衣装に身をつつみ、生徒たちに鮮やかなお手本を見せている。変われば変わるものだ。
オーケストラは Det Kongelige Kapel。コンサートマスターの Lars Bjørnkær のソロがとてもよかった。彼のストラディヴァリから放たれる色彩豊かな音色が劇場内を満たす。なかなかあんな風にオーケストラの中では弾けないものだ。コンプリメンテ!
休憩を挟み、いよいよ “Alumnus”。こちらは、デンマークの鬼才、Johan Kobborg による振付け。これはまさに今夜のハイライト中のハイライトだった。
“Alumnus” の前半 (Les Lutins) は、ピアノとヴァイオリンの演奏で、2人の男性ダンサーと1人の女性ダンサーによってパフォーマンスされた。衣装は3人ともハイウェストの黒パンツに、白 のブラウス。シンプルでシックだ。女性は首に赤のタイを巻いている。コミカルな動きが、H.Wieniawski と A.Bazzini のテクニカルな曲に完璧にマッチしており、観客を湧かせた。
そして、後半の “Salute” では、Jacob Kobborg の演出家としての才能が細部にまで冴えに冴え渡り、ほとんど爽快ですらあった。特に、男性陣のための振付けが本当に素晴らしく、また、ダンサーたちの、踊 りは言うに及ばず、演技力の高さにも目を見張る思い。彼らに対する惜しみのない拍手が長く鳴り止まなかった。
この後の “Etudes” は、先ほどの演目を観たあとでは少々蛇足の感があったのは否めない。筆を抑えるとしよう。
真っ直ぐメトロで帰るのも味気なく、途中まで歩いていくことに決めた。橋を渡りながら、 過去に見てきたバレリーナたちの厳しいレッスン風景や、コンクールでの悲喜こもごも、さらには自分の来し方などが断片的に頭をよぎっては消えてゆく。華や かなものを観劇したあとにしばしば訪れる、粛とした静寂・孤独。
Det Kongelige Teater のダンサーたちの定年は41歳だ。30代前半ですでに「自分はもう若くない」という彼ら。誰よりも高く跳びたい、誰よりも軽やかに舞いたいと願いながら、 ひざの故障、足の手術に泣き、集中と緩和の連続を絶え間なく強いられる職業。そんな中、黙々と稽古に励み、泰然とした態度で観客を魅了し尽くす彼らに、ど れだけ教えられ勇気付けられてきたことか。
言葉のない世界で、言葉以上のものを伝えるバレエ。どうか、ご観覧いただきたいと願う。
“an Evening of Ballet (Balletaften)” 公演は5月19日まで
牧村英里子