「七つの大罪」Vol.2 欲望編プログラムノート其の4
【多くの愛人を持つ女と、愛人を2人ピストル自殺に追いやった男の話】
C. ドビュッシー: 喜びの島
ドビュッシーによる「喜びの島」は、画家ジャン・アントワーヌ・ヴァトーの作品「シテール島への巡礼」にインスピレーションを得て作曲されたと言われている。
若い男女の群衆が集い、シテール島への船出に漕ぎ出そうというシーンを描き出したもので、甘美な官能性は確かに感じられるが、絵としての魅力には正直いささか欠けるように感じられる。群衆の1人の、イディオティックな法悦のだらしなさを見せる男性の表情はちょっといいなと思うが。
(シテール島に既に上陸した様子を描いたものだという説もある。)
シテール島。愛の女神、もっと正確には「愛欲」を司る女神アプロディーテゆかりの、エーゲ海に浮かぶ美しい島である。
そもそも、アプロディーテはどのように誕生したのか。彼女の両親は誰なのか。
アプロディーテには母はいない。父はいる ー ウーラノスという名の天空神である。ウーラノスは、地母神ガイアの息子であると同時に親子婚した夫でもあり、ガイアとの間にクロノスら多くウーラノスの子をもうける。つまり、ウーラノスにとってガイアは、母であり妻でもある。
しかし、ある時ガイアの怒りを買い、ウーラノスは息子のクロノスに男性器を切り落とされて、殺されてしまう。クロノスはそれを海に投げ捨てるのだが、血まみれの男性器は海を漂い、海水と混じり合い、やがてきらめく泡となり、その泡から生まれたのがアプロディーテだった。「アプロ」とは泡の意味である。
愛欲の女神、アプロディーテはつまり、父親の精液のみから生まれたのだ。
(ヴィーナスの誕生。「ヴィーナス」はギリシャ語で、アプロディーテ)
生まれて間もない彼女の美しさに魅せられた西風ゼピュロスが彼女を運んだ場所が、エーゲ海に浮かぶシテール島だと言われている。
愛欲の女神、アプロディーテには醜い夫とたくさんの美しい愛人がいた。そして、夫ではなく、愛人との間にたくさんの子を産んだ。情事が終わると彼女は醜い夫の元へと戻った。夫は妻を、許したり許さなかったりした。
現代のモラルから遠く離れた神話の世界で、神々は欲望の赴くまま、自由奔放に生きた。
輝ける肉欲。脳髄が流れ出すほどの法悦。
逞しい男神と官能の女神たちは愛を貪り尽くして、空腹を感じると木にたわわと生る果物をもぎ取って食べた。そして空腹が満たされると、また再び肉に溺れた。ようやく相手に飽きた頃、別の相手がすぐにやって来て、顔を胸に埋めるのだった。
欲望の代償として、彼らはしばしば互いに激しく嫉妬しあった。嫉妬していることを隠そうともしなかった。嫉妬からの殺し合いも実にしばしば起こった。
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本来ならここで筆を置くべきなのだが、蛇足を承知でもう1つだけ付け加えたいことがある。「喜びの島」の作曲者、ドビュッシーについてである。彼の人生を学んだ後、どうしてもアプロディーテの話と併記せざるを得なくなってしまった。以下、ドビュッシーの愛の遍歴のみを年譜にして追っていきたい。
1889年から、ギャビーと同棲。ギャビーは亜麻色の髪と緑色の目を持つ美しい女性で、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」は、このギャビーから霊感を得て作曲されたと言われている。
1894年、ソプラノ歌手のテレーゼ・ロジェと情事。婚約までするが、ギャビーの知るところとなり、破談。
ドビュッシーの度重なる不実が原因で、ギャビーがピストル自殺を図る(一命を取り留める)。1898年に破局。
1899年、ギャビーの友人であるリリーと結婚する。
1904年頃から、教え子の母親、銀行家の人妻であるエンマ・バルダックと不倫関係に陥る(エンマは作曲家フォーレとも愛人関係にあった)。リリーはこの件で苦しみ、胸を銃で撃ち自殺を図る(一命を取り留める)。
1905年、リリーと離婚。この事件がもとで、ドビュッシーはすでに彼の子を身ごもっていたエンマとともに一時イギリスに逃避行。
長女クロード=エンマの出産に際しパリに戻る。1908年、エンマと結婚。
(ドビュッシーと愛娘シュシュ。シュシュとはキャベツちゃんの意)
リリーを棄てて、エンマと駆け落ち旅行をしたときに作られたのが、本日演奏される「喜びの島」である。
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どうやら、とんでもない曲を選んでしまったようだ・・・。
2015年4月19日、「七つの大罪」Vol.2 欲望編コンサートインフォ: http://www.erikomakimura.com/2014/12/七つの大罪vol-2「欲望編」%E3%80%80バレエ&ピアノ/